| 海外ビーチリゾート専門店 株式会社アイランズフレイバー ミクロネシア パラオ・ヤップ・チューク・ポナペ・マジュロ / 南太平洋 タヒチ・ニューカレドニア / インド洋 モルディブ・モーリシャス |
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ミクロネシアの花園 ポナペ島へ訪れたお客様からのお便りです! |
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「平和になったらもう一度、是非に訪れたい」
なんと重く深い願いでしょう。60年以上も前の言葉ですが、ずっと思い続けてこられた、この願いの為だけに。とにかくお父様にもう一度ポナペ島へ訪れて頂きたい。そんな思いでアレンジをさせて頂いた今回のポナペ島ツアーでした。夢叶って、そのお手伝いが出来て当方もとても嬉しく思ってます!有難うございました。 (お客様担当 佐藤より) |
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<お客様からの頂いたお写真> |
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「出会いは必然」 63年間の夢の実現! 行って来ました!ついについに憧れの「ポナペ島」へ。 今回ほど、「人との出会いは全て偶然では無く、必然だ」と言う言葉を痛感した事はありません。今回、素晴らしい旅が実現できたのは全て佐藤さんとの出会いがあったからこそと深く、深く感謝しています。「ポナペ島」この名前は、ずっと昔から知っていました。幼い頃より父から事ある毎に聞かされて育ちました。今年86歳の父が21歳から23歳までの二年間日本陸軍として駐留した島。島民の温かさと、島の美しさに心打たれ、終戦で島を離れる時には「平和になったらもう一度、是非に訪れたい」と願った島。 あの大戦中、南洋諸島の島々がことごとく玉砕し、多大な戦死者が出たのにも関わらず、このポナペ島は数々の幸運が重なり、最小限の犠牲にとどまり、父たちは無事帰国できました。その大きな要因の一つに島民の方々の多大なご協力があったればこそとの事。父や戦友の方々は感謝の念を抱きつづけ、その後、多くの戦友の方々が、ポナペ島を訪れています。 父はその機会を逸し、なかなか実現出来ていませんでしたが、今年が最後のチャンスと思いきって出かけて来ました。最初はいくら元気とは言え高齢の父を連れてかの地まで出かける事は到底不可能と思っていました。せめてネットでポナペ島の映像だけでも・・と色々と情報を検索する内に、アイランズフレイバーと何とも素敵なネーミングのHPに出会ったのです。佐藤さんと何度かメールをやり取りしたり、パンフレットを送って頂く内に、父の気持ちはヒートアップ。(笑)夢が現実のものとし動き始めました。今回、佐藤さんとの出会いがなければ、父も私も終生ポナペ島の土を踏む事はなかったと断言出来ます。佐藤さんには高齢の父の為に日程等、細やかな配慮をして頂き、ついに父の63年来の夢を叶える事ができました。 父が想い出を余りにも美化し過ぎ、行ってみて、夢破れ落胆するのでは無いか?と少々の不安を抱いていましたが、そんな危ぐは私の全くの取り越し苦労に終わりました。父の話の通り、昔のまま自然も人も変わらず、本当に素晴らしい所でした!!人々は皆温かく、和やかで、日本人の忘れ去ってしまった何かが何十年もそのまま残っている・・。人として、一番大切な物とは何か?それを思い出させてくれる数日間でした。又、島の自然の雄大さ美しさも語る言葉が見つから無いほど、感動しました。 更には、現地の藤田さんにも大変、大変お世話になりました。島民の方たちと同じく、温かい笑顔と心遣いに父そして今回同行してくれた、従兄も感謝しております。父の為に戦争当時を知る島民の方との会談もセッティングして頂き、その方のお家を訪ね二人はしばし昔話に花を咲かせ、楽しい時間を過ごす事が出来ました。父も大感激で「ポナペ島は第二の故郷」とまで申しています。私もすっかり癒され、ポンペイスカートをはいても全く違和感の無い体型となり帰国しました。(笑) このスカートは次回の来訪の際まで大切に取っておきます。また、絶対に絶対に行きたいです! 佐藤さん!藤田さん!カラーンガン!(ありがとう!) |
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